インタビュー
2023.03.09
業界コラム
2022年9月、静岡県牧之原市で保育園送迎バス内に置き去りにされた幼児が熱中症で死亡する事故が起きた。11月にも、大阪府岸和田市で幼児の自家用車内置き去り事故が発生した。こうした痛ましい事故は海外でも起きており、米国の非営利団体KidsAndCarsの統計によると、直近10年間の米国内の車内置き去り死亡事故は年平均38件であり、事故原因の56%は車内にいる子供を忘れてしまったことだった。
このようなヒューマンエラーによる事故を防止するため、各国・地域で車の安全試験の厳格化が進められている。欧州市場における新車の安全試験プログラムである、Euro NCAP(New Car Assessment Program)ではCPD(Child Presence Detection)試験が23年から段階的に評価項目に加わり、25年以降は本格運用となる。つまり、25年以降に欧州で販売される新車は、子供の車内置き去りを直接検知するシステムを整備しないと最高評価点を獲得できなくなる。そのため、25年を目標に電子機器メーカーで検知システムの開発が進められてきた。
検知システムは、運転手が降車した際にセンサが車内をセンシングし、車内置き去りを検知すると、運転手に注意を促す仕組みである。各メーカーは、コア技術であるセンサ類のコストと性能を比較しながら、最適なセンサの検討を進めてきた。1つの考え方は、コストを優先してセンサを追加せず既に車内に存在する機能を利活用する方法であり、もう1つは、車外の検知システムとして実績のあるセンサを車内に追加する方法である。
車に既設の機能を利活用する事例として、21年4月、村田製作所は既設の車載Wi-Fi(5GHz帯の無線LAN)を検知システムとして活用する技術を発表した。この技術では、車室内に設置した送信機から受信機に電波を飛ばし、車室内の人の動き(呼吸など)で複数経路の合成波が変動した量を解析することで、人の存在を検知する(図1)。Wi-Fiの電波を送受信する機器が2台搭載されている車ならば、対応ソフトウェアを導入するだけで低コストのCPD機能を実現できる。22年11月、この検知技術は福岡市実証実験フルサポート事業に採択され、村田製作所は福岡市の幼稚園で実証実験を開始した。
図1 Wi-Fi電波を活用した検知技術(出展:村田製作所、ARC加筆修正)
センサを車内に追加する事例では、車のADAS(Advanced Driver Assistance System)分野の測距センサ類から候補の検討が進められた。まず、カメラによる画像認識は、夜間の認識精度が落ちる上、毛布にくるまった幼児は認識できなかった。次に、超音波センサであれば、毛布を透過できるものの、幼児に大きい動きがない(眠っているなど)と生体と判断できなかった。最終的に、高い認識精度を実現できるミリ波センサに候補が絞られた。
21年11月、アルプスアルパインは60GHz帯パルス変調方式ミリ波センサの国内での量産・販売を発表した。既に幼児の置き去り検知の用途で海外自動車メーカーへの採用が決まっており、22年以降に納品予定である。パルス変調方式のセンサはナノ秒オーダーの信号の電波を発し、検知目標からの反射信号を受信するまでの時間(往復時間)から検知目標の距離を求める(図2)。この方式では、検知動作時に電波を短時間に間欠的に送信する。そのため、電波を連続送信するFMCW(Frequency Modulated Continuous Wave)方式に比べて送信電力密度が20dB以上低く、他システムへの干渉が小さい利点がある。一方、これは検知距離が短い弱点につながるが、車内センシングに用途を限定すれば問題ない。
22年9月、アイシンはVayyar Imaging製の60GHz帯ミリ波レーダーを採用し、開発評価を進めていると発表した。室内の状況を細密に把握できるので、子どもの呼吸時のわずかな胸の動きを検知できる精度の高さが特長である。
図2 パルス変調方式のセンサの仕組み(出展:総務省、ARC加筆修正)
今後、厳格化が進む安全基準に準拠するようにセンサ数が増えていけばコスト増は避けられないため、自動車メーカーにとっては1つのセンサに多機能を持たせることが課題になってくる。そこで、注目を集めているのがUWB技術である。UWB技術は、中心周波数が高く、広い帯域(国内のハイバンドは7.25~10.25GHz)に分散する信号を利用した無線技術である。電波の送受信にナノ秒オーダーのパルスを用いるため、高速通信、高精度測距などの特長があり、車のスマートキー、高精度車両誘導など多様なアプリケーションが期待されている。
UWB技術のソリューションでは、スマートフォンをスマートキーとし、車内に6個のアンカー(測位・無線通信を行う固定装置)を設置する。このアンカーに車両誘導センサだけでなく、車内検知センサ、手を使わずにドア、トランクを開けるキックセンサなど多機能を持たせることで、センサの数が減ってコストの削減ができる。なお、スマートフォンへのUWB技術搭載については、19年にAppleがUWB技術をiPhone11に搭載したことが転機となり、Samsung、Googleなど他のメーカーがその流れに追従したため、一気に普及が進んだ状態にある。
22年10月、自動車向けUWB技術のソリューションを手がける清研智行(TsingCar)が启迪之星(TusStar)の主導するシリーズA(スタートアップ企業に対する投資ファイナンスの1つのフェーズを指す言葉)で数千万人民元(十数億円)を資金調達したと報道があった。清研智行は、今回調達した資金を主に次世代製品の開発投資、人員の迅速な拡大などに充当するとしている。
以上をまとめると、現状の車内置き去り事故防止の技術開発は、最有力の60GHzミリ波センサでほぼ完成していて、今後はセンサの多機能化の流れが加速し、UWB技術のソリューションが本命になると思われる。テクノロジーの進歩で車内置き去り事故がない時代が早く来ることを願っている。
この記事の初出は (株) 旭リサーチセンター Watchingリポートに掲載されたものです。
この記事は (株) 旭リサーチセンターの 永田紘基 が執筆したものです。
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