インタビュー
2022.05.18
業界コラム
カーボンニュートラルで重要な役割を果たすとみられる人工光合成用光触媒(*)太陽電池などの領域で、太陽光を有効利用するフォトン・アップコンバージョン(以下UC)の材料開発が活発になっている。太陽光にはさまざまな波長の光が含まれているが、エネルギーの小さい長波長光は、広いバンドギャップを持つ半導体材料を励起できない。UCは利用できていない長波長の光を利用可能な短波長に変換し、人工光合成などの効率を高める光の変換技術である(図1)。
* 人工光合成用光触媒:「CO2ネットゼロに向けた資源化技術」(w_319-02)参照
図1.概念模式図 出典:東京工業大学
光変換にはさまざまな技術が存在するが、近年では弱い光でもUCで発光できる三重項-三重項消滅(TTA-UC、Triplet-Triplet Annihilation Photon Upconversion)が注目されている。効率よく光を吸収し三重項状態へ変換する増感剤と呼ばれる分子と、励起状態からの強い蛍光を発する発光体分子2種類の材料組み合わせにより、長波長の光をエネルギーの高い短波長へと変換させる。UC向けの材料開発の方向性は、UC特性が長期間安定する固体材料に向かっている。
2022年1月11日、東京工業大学の村上陽一准教授らは、日産自動車、出光興産と共同し、世界最高性能を持つUCの固体材料を開発した。熱力学的に安定な固溶体相を用いるコンセプトで、コスト的に有利な炭化水素系の発光分子と、高品質な固溶体結晶の生成条件を発見した。高効率で超低閾値、空気中で安定という前例のない固体UC材料である。増感分子には、緑色光を吸収して励起三重項状態を高効率で生成するポリフィリン系の分子(既知)を選択した。青色発光分子には、実用時にコストの抑制を行える炭化水素分子の広い選択肢から探索と評価を行った。また、結晶生成条件の最適化探索を行って本研究で発見された、アントラセン系炭化水素分子を発光分子に採用した(図2)。結晶に波長452nmの緑色光を照射すると、波長434nmにピークを持つ青色のUC発光が確認された。量子効率(理論上限は50%)は約16%と非常に高いこと、励起可能な光強度の最低閾値が太陽光の約5分の1と超低強度であり、太陽光の集光を必要としないことを確認した。
図2.増感分子と発光分子 出典:東京工業大学
22年1月12日、九州大学の楊井伸治准教授らは、重金属(イリジウムやカドミウム)を含まない増感分子でUC効率20.3%の特性を持つ新たな分子性UC材料の開発に成功した。20年10月に、増感分子に強い可視吸収と弱いUV吸収特性を持つIr(C6)2(acac)を、発光分子には励起光の97%を吸収する優れた特性を持つTIPS-ナフタレンを組み合わせたUC材料を開発し、従来の2倍の効率(20.5%)を達成した。これまで、可視光から紫外光へのTTA-UCは、変換効率が最大10.2%と低く、太陽光よりも1,000倍ほど強い可視光を必要としていたが、紫外域のUC発光の消失を抑制した素子特性により、UC効率20.5%を達成した。しかし、材料に重金属を含んでいるため、コストと持続可能性に課題があった。
そこで、強い可視光吸収および高い系間交差(ISC)効率を持つ重金属フリーな増感分子の探索を行い、ケトクマリン誘導体に着目した。TIPS-ナフタレンと組み合わせることで、重金属フリーで、前回開発した材料と同等のUC効率の材料開発に成功した(図3)
図3.紫外光変換概念図 出典:九州大学
太陽光や屋内光に多く含まれる波長400nm以上の可視光を変換した紫外光と光触媒を組み合わせることで、余分なエネルギーを使うことなく、燃料製造や環境浄化といった幅広い応用が可能であり、非常に重要である。
新規材料探索は、マテリアルズ・インフォマティクスで加速したい。
この記事の初出は (株) 旭リサーチセンター Watchingリポートに掲載されたものです。
この記事は (株) 旭リサーチセンターの 成田誠 が執筆したものです。
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