インタビュー
2022.10.27
業界コラム
2022年6月、米国ニューヨーク州議会で「修理する権利(Right to repair)」が可決され、電子機器メーカーに、23年半ばから修理に必要なパーツやツール、修理マニュアルを提供することが義務づけられることとなった。幅広い電子機器を対象にした法案が可決されたのは、ニューヨーク州が全米初となる。
「修理する権利」とは、消費者が購入した電子機器や家電製品、自動車などさまざまな製品が故障した際に、メーカーを通さずに自分で修理する権利のことで、現在はメーカーが修理に必要な情報やツールなどを独占し、消費者にはメーカーに依頼する以外に選択肢がほぼなかった。
現在、米国の25以上の州で「修理する権利」に関する法案が審議されている。カリフォルニア州では、22年5月、企業の強固な反発を受け、否決された。電子機器の場合、企業側が最も懸念するのは、ユーザーのセルフ修理によるリスクの増加だ。素人が修理に取り組めば、製品の損傷、さらには思わぬ事故が発生する可能性もあるからだ。こうした企業の強い反発もあるだけに、米国の消費者団体は、今回のニューヨーク州での法案可決を大きな前進と見ている。
すでにEUでは、21年3月、循環型経済行動計画の一環として、「修理する権利」の規則を採択した。EU圏内では、従来よりも手軽にセルフ修理が可能なスマートフォンや各種電化製品も販売されている。また米国でも、米連邦取引委員会(FTC)が「修理する権利」を支持する報告書を提出、21年7月にはバイデン大統領もそれを支持する大統領令に署名した。
「修理する権利」の法制化に向けて、消費者や政治家、NGOなどに働きかけてきたのが、現在、米国で各種電子機器の修理情報の提供や、修理用パーツの販売で急成長しているiFixit(アイフィックスイット)のCEO、カイル・ウィーンズ氏だ。同氏は大学在学中の2003年、壊れたiBookを自分で修理しようとしたところ、説明書には修理方法が記載されていなかった。iBookの所有者である自分が修理できないのはおかしい、という疑問を抱き、在学中にiFixitの前身となる企業を創業、19年間にわたって世界各地でキャンペーンを展開してきた。
政府の法制化への推進が追い風となり、企業の対応にも変化が生まれてきた。
21年10月、米Microsoftは、Surfaceなど自社製品をユーザーが修理する権利への対応を決定した。交換部品を販売し、メーカーの修理以外の選択肢を認めた。また認定修理ショップにしか公開してこなかった修理マニュアルを適宜公開すると発表している。 ユーザー修理に対して反対の意を示していた米Appleも、21年11月に「セルフサービスリペア」を発表し、「修理する権利」を求める声に応えている。22年4月から利用可能となり、米国では純正部品を購入すれば、壊れたiPhoneの修理をユーザー自身で行えるようになった。
Googleや韓国Samsungも「修理する権利」を一部認める方向に動いている。Googleは、22年後半からiFixitと提携し、米国、英国、EUなどにおいてPixelの修理部品や修理ツールを同梱した修理キットを販売する予定だ。同じくSamsungもiFixitと提携し、修理パーツや修理ガイドの提供を発表している。 但し、日本国内での実現はすぐには難しそうだ。国内で電波を発する機器を利用するには技術基準適合証明を受ける必要があり、個人で改造した場合には改造扱いとなり、そのまま使用すると違法となる可能性が高い。
国連の「Global E-waste Monitor 2020」によると、世界の電子ごみ(e-waste、バッテリーまたはプラグを搭載した廃棄物)の発生量が、19年に5,360万トンと過去最多となり、わずか5年で21%増加した。さらに電子ごみは30年までに7,400万トンへと増加すると予測されている。
「修理する権利」は、自分で修理できない消費者にもメリットがある。その製品を製造したメーカーに持ち込まなくても、料金のより安い修理業者に持ち込んだりできるようになり選択肢が広がる。「修理する権利」は世界の流れになろうとしており、日本のメーカーも対応に備える必要がありそうだ。
この記事の初出は (株) 旭リサーチセンター Watchingリポートに掲載されたものです。
この記事は (株) 旭リサーチセンターの 秋元真理子 が執筆したものです。
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