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<連載>プラスチック製品設計のためのCAE解析基礎知識
第2回 プラスチックCAEのポイント
プラスチックと金属の材料特性の違いをわかりやすく解説し、プラスチックのCAE解析で考慮すべきポイントを紹介します。
目次
1. プラスチックとはなにか |
2. プラスチックと金属の違い |
3. プラスチックCAE解析で注意すべきこと |
4. まとめ |
プラスチックとはなにか
プラスチック(Plastic)は英語で、直訳すると「可塑(塑性)」です。力を加えると変形しやすく、加わる力がなくなっても元の形状に戻らないという性質のことです。
ISO 472 (1988)ではプラスチックを「必須の構成成分として高重合体を含み、かつ完成製品への加工のある段階で流れによって形を与え得る材料」と定義しています。つまりプラスチック成形加工とは、「高分子材料を熱などによって流動性を持たせ、完成製品とほぼ同じ形状を与え、固体化して取り出す加工方法」と言えます。溶かして形を作り、固めて取り出すという意味では、金属の鋳造と共通しています。しかし、プラスチックは金属とは異なる性質・特性を持っています。
CAEが航空機などの金属材料の設計に使用するために開発されたことは前回述べました。CAEをプラスチックで使用するためには、プラスチックの材料特性を知ることが必要です。
■ プラスチックの種類
プラスチックにはさまざまな種類がありますが、大きく分けて「熱硬化性プラスチック」と「熱可塑性プラスチック」に分けることができます。
【熱硬化性プラスチック】
加熱によって固まる性質を持つプラスチックを熱硬化性プラスチックと呼びます。
エポキシ(EP)、フェノール(PF)、メラミン(MF)、シリコーン(SI)、ポリウレタン(PUR)などが代表的な熱硬化性プラスチックです。熱を加えることで化学変化を起こし、硬化します。いったん硬化した後は再加熱しても軟化することはなく、耐熱性に優れています。また分子が架橋構造になることで硬化するため、機械特性や耐薬品性にも優れています。
図1 熱硬化性プラスチック(卵型)
ただし、成形サイクルが長くバリ取りなどの後工程が必要になるため、量産性はあまりよくありません。国内生産量でいうと1割程度で、リサイクルも難しいため、製品への使用用途は限られています。
【熱可塑性プラスチック】
加熱によって柔らかくなる性質を持つのが熱可塑性プラスチックです。
プラスチック成形で一般的に用いられるのが熱可塑性プラスチックです、射出成形により、連続的に低コストで量産することができます。再加熱すれば柔らかくなるため、リサイクルも可能です。
図2 熱可塑性プラスチック(チョコレート型)
熱可塑性プラスチックは、分子構造の違いによって、さらに結晶性プラスチックと非晶性プラスチックに分けられます。
結晶性プラスチックは、ポリマーの一部がきれいに並んだような構造で、結晶部を持っており、結晶部と非晶部によって成り立っています。一方、非晶性プラスチックには結晶構造がありません(図3イメージ)。
結晶性プラスチックにはガラス転移温度(Tg)と融点(Tm)がありますが、非晶性プラスチックにはガラス転移温度(Tg)しかありません。非晶性プラスチックはガラス転移温度を超えると急激に軟らかくなりますが、結晶性プラスチックは硬さを維持することができます。しかし、結晶性プラスチックも融点を超えると急激に軟らかくなります(図3右図)。
結晶性プラスチックは結晶部が緻密なため、光を拡散するので透明度が低く、耐薬品性や耐疲労(クリープ)性は高くなります。非晶性プラスチックは透明度が高く、塗装や接着がしやすい傾向にあります。
図3 結晶性プラスチックと非晶性プラスチックの違い
成形によく使用される熱可塑性プラスチックは、一般的に『汎用プラスチック』と呼ばれます。代表的なものはポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)、ポリスチレン(PS)、アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン(ABS)などです。これらの内、PPとPEは結晶性樹脂に、PSとABSは非晶性樹脂に分類されます。
耐熱性が100℃以上あり、強度が49MPa(500kgf/㎠)以上、曲げ弾性率が2.4GPa(24500kgf/㎠)以上を持つ高機能樹脂を『エンジニアリングプラスチック(エンプラ)』と呼びます。製品設計をする上で、汎用プラスチックでは強度や耐熱性などの要求事項を満たせない場合は、エンプラを選択します。
代表的なものに、ポリアミド(PA)、ポリオキシメチレン(POM)、変性ポリフェニレンエーテル(m-PPE)などがあります。図4に左からPA、POM、m-PPEの構造とそれぞれの特徴を示しました。これらの内、PAとPOMは結晶性プラスチックに、m-PPEは非晶性プラスチックに分類されます。
図4 旭化成のエンプラの特徴
エンプラよりもさらに機械強度、耐薬品性、耐熱性などを高めた高機能樹脂のことを『スーパーエンジニアリングプラスチック(スーパーエンプラ)』と呼びます。150℃以上の高温環境下でも機械的性能を保つことができます。代表的なものに、液晶ポリマー(LCP)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)などがあります。
図5 プラスチック分類一覧
また、近年はトウモロコシなどの植物由来の成分を含むバイオマスプラスチックや、微生物によって分解される生分解性プラスチックなど、さまざまなプラスチックが開発されています。
プラスチックと金属の違い*
*これ以降、「プラスチック」は、熱可塑性プラスチックを指します。
■構造
金属の構造は、多数の原子(Al、Fe、Cuなど)が規則正しく並んで結晶を作っています(図6)。原子核(陽イオン)の周りには、負の電気を持つ自由電子が自由に動き回り、原子同士を強く結びつけています。これを金属結合といいます。
図6 金属構造イメージ
一方で、プラスチックは、種類によって異なる分子がそれぞれ共有結合したモノマー(単量体)が重合した状態にあります。これをポリマー(重合体)とよび、分子が鎖のように長くつながった状態であることから分子鎖とも呼ばれます。プラスチックの内部はこのポリマーが絡み合った状態になっており、結晶部、非晶部などさまざまな構造をしています。この構造の違いが、融点や物理特性、ガラス転移温度などに影響を及ぼします。
図7 プラスチック構造イメージ
■ 物性
プラスチックと金属の物性を比較すると、以下の表のようになります。
図8 プラスチックと金属の物性比較
プラスチックの一般的な特性としてまず挙げられるのは、金属に比べて軽いということです。アルミニウムと比較しておよそ2分の1ないし4分の1、鉄や銅と比べれば7分の1ないし10分の1の重さしかありません。そのため、金属をプラスチックに代えることで軽量化できます。
プラスチックは金属に比べて強度が低いというイメージがありますが、 グレードや種類によってはプラスチックの方が強いということもあります。ただし、弾性率(変形のしにくさ)は金属の方が高く、アルミニウムと旭化成のポリアミド樹脂であるレオナTM14G33(ポリアミド66、ガラス繊維33%)の比較では、アルミニウムの方が7倍高くなっています。
金属は一般的に引火点や発火点が非常に高く燃えにくい素材ですが、プラスチックはより低い温度で燃えてしまいます。一方でプラスチックは金属に比べ、熱伝導率がとても低く、比熱(物質の温度を上げるのに必要な熱量)が高いため、断熱効果が期待できます。
■ 温度特性
耐熱グレードではない一般的なプラスチック(PP:ポリプロピレン)の融点は170℃であるのに対し、金属(ステンレス)は1450℃と、比較にならないほど異なります。そのためプラスチックはわずかな温度上昇にも材料特性が敏感に反応します。
図9 金属(左)とプラスチック(右)の応力(σ)-ひずみ(ε)曲線の比較
金属もプラスチックも粘弾性特性がありますが、金属では数百度以上という高温下でのみ生じるのに対し、プラスチックは室温が10~20℃変化するだけでも影響が出てしまいます。この粘弾性特性によって、引張弾性率や破断時の伸びなどに影響が出ます。粘弾性特性については、後述します。
温度特性は温度に比例するのではなく、図9のようにガラス転移温度(Tg)などの特定の温度付近で急激に変化します。低温下では、プラスチック内の結晶部も非晶部も動くことができず柔軟性が低い状態(ガラス状態)です。温度が上がっていき、非晶部が動き出す温度をガラス転移温度(Tg)と呼びます。さらに温度が上がり、結晶部も自由に動けるようになる温度が融点(Tm)です。つまり、プラスチックは低温では柔軟性が失われて脆くなり、高温では柔らかく硬さを失ってしまうのです。冷凍庫に入れたプラスチック容器が割れてしまったり、電子レンジで加熱したプラスチックが変形したりしてしまうのも、プラスチックのこうした温度特性によるものです。
プラスチックの熱膨張率は材料によって大きく異なります。異なる膨張率を持つ部品を接合すると、温度が変化したときに伸縮量の違いが生じます。これによって引き起こされる熱応力は変形やクラックの原因になります(図8)。
金属は腐食しますが、プラスチックは腐食しない代わりに劣化します。劣化は熱によって早まるため、プラスチック製品の設計時には使用環境に注意する必要があります。
■ 粘弾性特性
・粘弾性とはなにか
粘弾性とは、弾性と粘性の性質を併せ持つ特性のことです。弾性とは、ゴムを引っ張ると延び、離すと元に戻るように、力と変形が比例する性質です。粘性とは、粘土を左右に引くと伸びるように時間をかけて変形が進む性質のことです。粘弾性のあるプラスチックは、その両方の性質を併せ持ち、速く加わる力にはゴムのような挙動をし、ゆっくりと加わる力には粘土のような挙動をします。
上述のように、プラスチックも金属も粘弾性がありますが、金属では何百度という高温下でのみ発現します。プラスチックはその温度特性から、金属ではあまり注意しなくてもよい現象についても十分に評価しなくてはなりません。それがクリープと応力緩和です。
<クリープ>
物体に長期間にわたって応力が作用したときに、時間の経過とともにひずみが大きくなっていく現象です。
図10 クリープ現象のイメージ
図10のように、上部を固定した棒材に重りを載せた直後、その重さに相当するひずみが生じたあとも、時間の経過によってまた徐々にひずみが大きくなります。これは粘性の性質から現れる変形です。高応力の場合や高温の環境下の場合、最終的に破断に至ることもあります。
正確な耐クリープ性の評価は難しく、環境の影響も受けやすいため、プラスチック製品では常時荷重はできるだけ避けた設計が望ましいとされます。
<応力緩和>
物体に一定のひずみを与えたとき、時間の経過とともに応力が小さくなっていく現象のことです。
図11 応力緩和現象のイメージ
図11のように、上部を固定した棒材の下側を地面に引っ掛け、ひずみ(ε0)を与えると、当初は高い応力(σ0)が発生しますが、時間の経過とともにこの応力が小さくなっていきます(σt)。地面に引っ掛けた後のひずみの量(ε0)に変化はありません。これもクリープ同様、材料の粘弾性特質によって起こります。
具体的な事象としては、ネジやボルトの軸力や圧入部品の引抜力が時間の経過とともに低下してしまう現象などがあります。製品設計の際には、最低限必要な荷重を耐用年数まで維持できるかどうかを確認する必要があります。
プラスチックCAE解析で注意すべきこと
■ 解析上の取り扱い方
プラスチックは粘弾性体で、時間に伴ってひずみが変化しますが、CAE解析で行われる通常の構造解析においては時間の項の影響が非常に小さいと考え、弾塑性体として取り扱います。
図12 金属とプラスチックのレオロジーモデル図
■ 使用する材料データ
製品の強度設計をする上で、プラスチックの機械特性を知ることは重要です。そのために使うのが、応力―ひずみ曲線(SSカーブ)と呼ばれるものです。これは材料に力を加えたときに発生する応力とひずみの関係をグラフに表したものです。
図13 プラスチックのSSカーブのイメージ図
図13のように、このグラフはシンプルな直線(線形)ではなく、複雑な非線形の形状をしています。これは荷重と変形量が比例しないためです。これを材料非線形性といいます。この材料非線形問題も第1回で説明した有限要素法で解決できます。これについては、今後、構造解析の回で詳しく述べます。
プラスチックは材料非線形性が大きいため、正確なSSカーブを基に計算しなくてはなりません。また変形量が大きいので接触状態の変化も考慮して計算する必要があります。特に温度により材料特性が大きく変わるので、その環境にあった材料データ(SSカーブ)が必要となります。
プラスチックはその種類やグレードによっても、大きく特性が異なります。プラスチックの強化グレードは強化繊維の影響で異方性が大きいため、繊維配向を考慮して計算する必要があります。樹脂は高粘度であるため、繊維配向は流れに支配されますが、成形品の形状やゲート位置に左右されるため、繊維配向は流動解析や応力反り解析などの成形プロセスの解析から求める必要があります。こちらについては別章にて解説します。
■ 解析の種類により考慮すべき特性
クリープ解析では粘弾性を考慮します。クリープ解析は時間による歪の増加を計算するため粘弾性(時間項)を考慮した構成式が必要となるためです。
また、衝撃解析では歪速度依存性を考慮しなくてはなりません。プラスチックは歪速度で強度・剛性が大きく変わるので、これらの歪速度依存性のデータが必要になります。
これらの内容についても、今後の連載でより詳しく説明いたします。
まとめ
プラスチックはとても便利で身近な材料ですが、正しい設計をするためには基本的な特性を理解する必要があります。普段何気なく触れているプラスチックの特性を、一つ一つ理論的に知ることがその第一歩となります。
次回は「プラスチックCAEの解析ソフトウェア」についてお伝えします。
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