技術・製品紹介
「電子機器分解のエキスパート」柏尾 南壮氏コラム
2024.04.18
業界コラム
我々の日常生活様式を大きく変えた携帯電話やスマートフォン(スマホ)。行政サービスからソーシャルメディアによる情報発信、手紙や固定電話に代わる連絡手段など、現代生活の必須アイテムとなった。本稿では携帯電話やスマホを裏方で支える携帯電話基地局(基地局)をご紹介する。基地局が必要な理由、市場規模、構造、今後の展望などを網羅する。
映画「インディペンデンス・デイ」でジェフ・ゴールドブラムが演じるデイビッドがホワイトハウスを訪れ、「電波は直進するので地球の裏側の衛星と通信するには中継衛星が必要だ」とビル・プルマン演ずる大統領に説明するシーンがある。スマホも同様で、人の身長での見通し線は約4.5kmで、トランシーバで相手に直接電波を送る限界距離でもある。より長距離で通信するスマホには、電波中継を行う基地局が必要である。調査会社MCAによると、日本に存在する基地局総数は約8万8千台*。基地局はアンテナ、無線ユニット、基地局を流れる特殊な信号を扱うベースバンドユニット、サーバで構成される。通常、これらの機器は光ファイバーで接続される。
*出典:【調査結果】キャリア各社の設備投資はピークアウトし24年度以降は1.4兆円規模へ、市場縮小見込み基地局工事会社の再編続く | 株式会社エムシーエイのプレスリリース (prtimes.jp)
基地局メーカ5社が世界シェアのほとんどを占める狭い業界である。スウェーデンのエリクソン、フィンランドのノキア、中国のファーウエイとZTE、韓国のサムスンである。基地局はアンテナ数や電波出力などにより様々なタイプが存在し、2023年に開催された基地局関連国際会議で、2023年の出荷台数予想は約4,000万台との事であった。
本稿ではアンテナと無線ユニットについて解説する。ビルの屋上など、我々が目にすることができる部分である。基地局は通信機であり、電波という自然現象を相手とするため、その構造はメーカを問わず類似している。最表層にある保護カバー(レドーム)は電波が出入りできる素材を必要とするため、樹脂製である。空中を伝う電波は飛距離に応じて減衰するため、電波を遮らないよう最適化された樹脂が使用され、 樹脂への低誘電ニーズが増大する。
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保護カバーを外すとアンテナが現れる。駅前など多くの人が行き交う場所に置かれる基地局の場合、アンテナ数は100前後、地下街やオフィスなど限定的な空間をカバーする場合、アンテナ数は4個から8個程度である場合が多い。
アンテナの下にはフィルタが設置されている。空中を伝ってアンテナに到達した電波から雑音を除去する役割を担う。フィルタの形状や構造は基地局メーカによって大きく異なり、メーカの個性が出る数少ない部品である。
フィルタの下にはメインボードがあり、電子部品の大半がここに実装されている。受信の場合、入ってきた信号はアイソレータ又はサーキュレータと呼ばれる部品を通る。これは受信・送信などの切り替えを行う部品である。ここを通った信号は、ローノイズ・アンプと呼ばれる増幅器を通過し、減衰した信号が回路内を問題なく通過できる程度まで増幅される。増幅器はシリコンではなく、ガリウム・ヒ素または窒化ガリウムなど、化合物半導体が使用される場合が多い。
メインボード裏側には通信制御を担う大型ICが搭載される。コミュニケーションプロセッサと呼ばれる場合が多いが、呼び方はメーカにより異なる。受信時に入ってくる信号、送信時に出てゆく信号の交通整理を担う。このICもメーカの個性が出るパーツの一つである。エリクソンやファーウエイのように自前のICを使用する場合もあれば、汎用ICを使用するケースもある。コストと性能の引換えとなるが、メーカの戦略が見える数少ない箇所である。
メインボードと同じ階層には、電源管理を担う基板と、ベースバンドユニットに信号を送る伝送を担う基板が独立して設置されている。
メインボード下が最後のパーツとなる。金属製の巨大な放熱機構で、屋外に設置されるため、電子的な手法による冷却は殆ど行われず、金属製放熱フィンが剣山のように並び、無線ユニット重量の大半を占める。例えば重量50kgのユニットであれば45kg程度はこのパーツである。設置を容易にするため、軽量化が業界全体の課題となっており、軽量かつ放熱性に優れた材料の開発に大きな期待が寄せられている。日本は材料分野で世界をリードしており、世界の期待を一手に背負っている。
通信基地局の分解・調査
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長年、基地局はアンテナからサーバまで同一メーカ製品を使用していた。これはエリクソンなど基地局メーカにとっては望ましいビジネス環境である。第五世代通信規格(5G)のサービス開始により、家庭の電力メータなどに代表される大量のIoT機器もインターネット接続できる環境が必要となり、特定の用途に特化したアンテナや無線ユニットを手掛けるメーカが増えている。これらの機器を既存の基地局網に相互接続できるように規格化されたのがOpen Radio Access Network(O-RAN)であり、5G基地局業界で現在進行中の物理的変化の一つである。
5Gの目玉機能と期待されたミリ波サービスは、電波の特性から普及が遅れており、現在スマホ向けミリ波サービスを提供している国は日本を含め数か国にとどまる。周波数は24GHzから39GHzの間である。今後施行予定の5G規格では周波数を80GHzまで上げる予定で、既に基地局メーカでは各種試験も始まっている。電波は周波数が上がるほど直進性が高くなるため、ビルの谷間など電波の影になる場所をカバーするための反射板などの開発も進行中である。
2030年頃には第六世代通信規格(6G)がサービスを開始すると予想されている。通信速度が5Gの10倍になり、地上基地局に加え、基地局を搭載した人工衛星が基地局インフラの一部となる。理論的には地球全域が圏内になる。主要な用途は自動車と予想されており、自動運転で大量にやりとりされるデータを扱える通信サービスとして早くも期待が高まっている。2023年に国連管轄組織が世界無線会議をUAEのドバイで開催し、6Gで実現する新たな機能が明らかにされた。人工衛星基地局は、打上げ費用の関係から軽量である事が望ましく、樹脂は理想的な材料である。一方、宇宙空間は日向と日陰の温度差が数百度である事に加え、ガンマ線など樹脂を劣化させる放射線も存在するため、宇宙対応の素材登場が期待される。
IMT-2030: P10(青色部分が6G新機能)
2040年頃には第七世代通信規格(7G)がサービス開始予定である。基地局設備にAIが深く関与し、より効率の良い通信環境が整備される。スマホは既に進化の完結点に達していると考えられ、主要な用途は別のところにあると予想されている。
生活に不可欠な存在となった携帯電話やスマホの電波を中継する役割を担う基地局は社会と共に発展してきた。IoTなどインターネットに接続される機器の増加により、新規参入企業の増加も見込まれ、基地局業界は大きな構造変化を迎えている。地上から人工衛星まで、基地局軽量化は共通の課題であり、樹脂を含む代替素材へのニーズは一層高まる。日本企業の出番も更に増えるだろう。
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