インタビュー
2023.08.21
業界コラム
2018年7月に閣議決定された第5次エネルギー基本計画において、初めて再エネを主力電源化していく方向性が掲げられた。21年に公表された第6次エネルギー基本計画で、政府は30年度に再生可能エネルギー比率を36~38%(水力発電11%を含む)に引き上げる目標を打ち出している。
23年4月に環境省が報道発表した、温室効果ガス排出・吸収量(確報値) で日本の発電電力量の電源構成比の推移を見ると、10年度は再生可能エネルギーが9.5%(水力発電7.3%を含む)を占めていたが、21年度には再生可能エネルギーが20.3%となっている。12年7月に再エネ特措法が施行されると、FIT(電力の固定価格買取制度)導入によって再エネである太陽光発電が急速に拡大する一方、大規模集中型の原子力発電、火力発電の構成比率は減少していった(図1)。
図1 発電電力量の電源構成比の推移グラフ(出典:環境省)
再エネの主力電源化時代の到来で、小規模な分散型電源が電力系統側だけでなく、需要家側にも普及拡大したことによって、電力供給側の管理だけでは電力需給バランスの維持が難しくなってきている。さらに、太陽光発電や風力発電は時間帯や気象条件によって発電量に変動を生じるため、今まで以上に電力需給調整力が求められる。電力供給を所与のものとして、需要側がその供給に合わせていくという発想の転換が必要になってきている。
こうした背景から、エネルギー・リソース・アグリゲーション事業(ERAB)が注目されている。ERABは、電力の仲介事業者(アグリゲーター)が仮想発電所(VPP:Virtual Power Plant)やデマンドレスポンス(DR:Demand Response)を用いて、電力を束ね、需給を調整する。束ねた電力は卸電力市場、需給調整市場などの電力取引市場で売って利益を得る(図2)。
VPPは、再エネ発電・蓄電設備、発電設備の予備容量など多様な分散型エネルギーリソースを束ねて、IoTやAIを駆使して遠隔・統合制御することで、一つの発電所と同等の機能を提供する仕組みである。DRは、電力供給状況に応じて需要家側に協力を依頼して需要パターンを変化させることである。例えば、電力需要の多い日中に工場の空調・照明など調整・停止して需要を抑制することは下げDR、電力需要の少ない夜間に家庭用蓄電池を充電して需要を創出することは上げDRと呼ばれる。
図2 アグリゲーターのイメージ図(各種資料よりARC作成)
22年4月より、分散型エネルギーリソースを束ねた電力を小売電気事業者や一般送配電事業者などに供給する特定卸供給事業者(アグリゲーター)を登録する制度が始まり、該当する事業者は経済産業大臣に届出が必要になった。23年5月時点の届出事業者は電力関連以外にハウスメーカー、電気設備エンジニアリング、商社など47社である。
その中から主な企業の取り組み事例を取り上げる。
22年3月:積水化学工業
セキスイハイム生産工場の全電力再エネ化を達成した。工場で使用する電力は、「SMARTHEIMでんき」という電力小売システムを通じて全国のセキスイハイムオーナーから買い取った再エネ余剰電力と工場敷地内の太陽光発電(2.6GWh/年)による再エネ電力からなる。セキスイハイムの生産段階、使用段階において再エネ電力を活用することで、企業はオーナーと共に脱炭素化に貢献することができる。また、オーナーは余剰電力を買い取りしてもらうことで収入も得ることができる。
23年4月:オリックス不動産
100%再エネ由来電力の環境配慮型物流施設「つくばロジスティクスセンター」の開発に着手した。第三者が施設の屋根を借り受けて太陽光発電システムを設置し、発電した電力を施設内の需要家に供給するPPA(Power Purchase Agreement)モデルを導入した。また、施設の太陽光発電で賄えない分もオリックスより非化石証書付き電力を供給することで、入居テナント企業は使用電力の100%を再エネ由来電力として利用できる。
23年4月:アズビル
グループの強みであるEMS(Energy Management System:建物のエネルギー使用量を見える化することで建物全体のさらなるエネルギーの最適化を図ることができるシステム)の省エネに、再エネのソリューションを加えたESP(Energy service provider:エネルギー関連設備の導入、運転管理・保守メンテナンスなどのサービスまで一括で提供するビジネス)事業を展開すると発表した。アズビルが得意とするビルディングオートメーション技術や、遠隔監視サービス、省エネに関するノウハウに加えて、アグリゲーターとしてのDR技術を活用したエネルギーマネージメントを統合して提供することで、建物の快適性を維持しつつ脱炭素社会の実現に向けた取組みに貢献し、来年度以降数十億円規模の売上を目指すとしている。
23年2月:豊田通商
SBエナジーを買収した。豊田通商は、子会社で国内最大の風力発電事業者のユーラスエナジーを核に、国内外で、風力3,055MW、太陽光350MWなど、約3,701MW(22年12月時点)の再エネ発電容量がある。SBエナジーの有する太陽光667.1MW、風力55.9MWなど計773.0MW(23年1月時点)が加わり、豊田通商は風力に加え、太陽光でも国内最大規模の発電事業者となる。また、SBエナジーが有するVPP・DRの制御技術及び、SBエナジー投資先の最先端技術の活用によって、アグリゲーターとしての新規事業創出を加速する考えだ。
23年4月:関西電力
分散型電源を活用してERABを遂行する新会社である、E-Flow(関西電力の100%子会社)を設立した。なお、関西電力はアグリゲーター登録済みであり、19年から社内で運用しているVPP・DR事業プラットフォームをE-flowでも活用する考えだ。E-Flowは、30年度までに全国で市場取引量2,500MWの分散型リソースを活用することで売上高300億円を目指す。
以上の事例を整理すると、ERABが立ち上がりつつある国内では、エネルギーリソースを自社の既存事業の延長で確保できる企業が事業化で先行している。アグリゲーターがビジネスを成功させるためには、束ねるための再エネ電源や需要制御に協力的な需要家を集めることが必要と言える。
ERABの拡大には、VPP・DRの制御技術の確立に加えて、ビジネスの収益化につながる電力取引市場の拡大も欠かせない。その中でも、21年度に開設された需給調整市場が重要である。
需給調整市場では、一般送配電事業者が買い手となり、時々刻々と変化する電力需要と予測値(実需要の1時間前に発電事業者と小売電気事業者が決めた電力量)の差分を埋めるための電力量を調整力として調達する。調整力は、予測値が確定してから実需要の瞬間までの1時間以内で一般送配電事業者の要求に合わせた応動時間で区分されていて、短い応動時間で10秒以内、長い応動時間で45分以内となっている。なお、応動時間は短くなるほど、調整力の提供難易度は高くなるので、初年度は応動時間が45分以内の調整力から取引が開始されている。
需給調整市場の取引の流れについて、図3で工場の下げDRを例にして説明する。まず、需給調整市場において、買い手である一般配送電事業者が需要抑制の買いを入れる。それを確認したアグリゲーターは、リソースである工場に下げDRの依頼を出す。アグリゲーターは工場から下げDR供給を受け取り、需給調整市場に調整力として売り出す。最終的に市場取引が成立すると、売り手であるアグリゲーターは調整力の対価を得て、その一部を下げDR報酬として工場に支払う。
ただ、国内の事例では、需給調整市場の取引で収益化につながる目立った成果は未だないようだ。アグリゲーターは、需給調整市場よりも市場規模の大きい卸電力市場で取引を重ねて、VPP・DRの制御技術を磨きつつ、徐々に需給調整市場での取引で収益化できる体制を整えていく段階にあると思われる。
図3 需給調整市場の取引事業者(各種資料よりARC作成)
国内のERAB市場規模(事業者売上ベース)は、30年度には730億円に達する予測で、今後の拡大の余地があると考える。
小規模な再エネの発電事業者にとって電力需給管理のハードルは高い。そこで、小規模な再エネ電源を束ねて蓄電池システムなどと組み合わせて需給管理を行い、市場取引を代行するアグリゲーターの役割が期待されている。一方、アグリゲーターにとってもリソース集約による規模の拡大はメリットがある。1つは、束ねる再エネは拠点数が多く、広域に散らばっているほど、束ねた出力が安定し、予測から外れるリスクが減る。もう1つは、IoTやAIを駆使したインテリジェントな電力需給調整システムを構築できれば、大規模なVPP事業でも少ない人員で業務を回すことができる。
21年から段階的に需給調整市場は拡大し、24年以降は高速応動の市場が開設される。IoTやAIを駆使したエネルギーリソースの高度な遠隔管理、高速・統合制御といったデジタル技術のさらなる進化がアグリゲーターの競争力の源泉になるだろう。ERABは再生可能エネルギー主力電源化時代に新しい電力需給の形として出現したビジネスチャンスと言える。アグリゲーターは、IoTやAIを駆使した高度な電力管理技術を磨き、電力市場取引の高収益化で顧客サービスレベルの向上に取り組む必要があるだろう。
この記事の初出は (株) 旭リサーチセンター Watchingリポート に掲載されたものです。
この記事は (株) 旭リサーチセンターの 永田紘基 が執筆したものです。
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